the trio world tour 1996
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Passages from Ryuichi Sakamoto's private journal of the Trio World Tour

09/02 | 08/28 | 08/25 | 08/24 | 08/21 | 08/19 | 08/16 | 08/15 | 08/14 | 08/13 | 08/12 | 08/11 | 08/10 | 08/09 | 08/08 | 08/07 | 08/03 | 08/02 | 07/27 | 07/26 | 07/24 | 07/23 | 07/21 | 07/20 | 07/19 | 07/18 | 07/16 | 07/12 | 07/11 | 07/10 | 07/04 | 07/02 |


9/2/96@Tokyo
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28日はInternet Liveがあった。
興奮した。
去年の11/30、武道館でやった時から1年足らずで随分進化した。

今回のライブで使ったNTTのNStarという衛星の担当者、 正村氏はぼくの中学の同級生。25年ぶりに再会。
因みに慶応の村井助教授も同じ中学の後輩。
正村氏はクラスで1番の優等生だったが、単に勉強ができただけでなく、 走るのも速いし、文章を書かせても素晴らしかった。
こういう人って、いるんだよなー。

遠い所からたくさんの人がこのライブを見ていると思うと、 不思議な興奮につつまれる。

終わってから西麻布のCyberiaに駆けつける。
正村氏、飯塚氏、古川氏、平松氏、村井氏、井芹氏、神原さんなどなど、 たくさんの人に会う。
平松氏のご好意で、軽い食事とワインで懇談会。
村井さんの講義も始まったりして。
ネット隊の打ち上げにも顔を出す。
ちょっと飲みすぎた。
正村氏と再会を約束して、先に帰る。

とてもいい夜だった。
村井氏が「大成功だった」と言ってくれたのが、うれしかった。

29日。
東京最後のコンサート。
前中が来てくれた。
最初の30分で帰る、と言ってたのに最後まで見てくれる。
「A flower is not a flower」をやる時、 「この曲をぼくの友人であり、恩師の前中に捧げる」と言うと、 会場から前中のとてもはっきりした声で「ありがと」。
ぼくは感動して、弾いている間、涙が止まらなかった。

終了後、昨日に続いてまた平松氏のご好意で、広尾の行き 大好きなパスタとワインで内輪の打ち上げ。
古川氏の早口の英語にJaques、あぜんとしている。

28日のInternetLive、29日の前中でぼくは全てのアドレナリンを 使い果たした。
呆けたようになってしまった。

31日、大阪の初日。

とうとうあと2回だけになってしまった。
昨日(30日)、後藤氏の家でパーティでたくさんお酒を飲んでしまい、 調子が悪い。
今日はいつもよりさらに早く始まり、6時本番。
さて、大阪のラテン度はどうかな、と思ったら意外に おとなしく始まり、最後は総立ちに近くなる。
3回もアンコールをしてしまう。
ソロで「1900」を弾くが、途中ひどいミスタッチをしてしまい、 恥ずかしい。
最後の「Parolibre」で、みな立ったまま静かに聴いてくれるので、 いつも感動する。

終了後、全スタッフ、クルーを交えて最後の打ち上げ。
明日は終了後、積み出しがあるから、1日早くやる。

まず、友達であり、優れたミュージシャンである JaquesとEvertonにお礼とプレゼントを渡す。
そして、今回の全ツアーにつきあってくれた、PAの志村さん、 照明の湯浅さん、モニターの益子さんにもお礼とプレゼント。
日本ツアーのクルーにもお礼の言う。
それぞれからツアーの苦労談が出る。
各地でいろいろなことがあった。
とても忘れられない体験だった。
みんなにもきっと忘れられないツアーになっただろう。
クルーは本当に苛酷な条件の中で、ベスト以上の仕事を してくれた。頭が下がる。
また。いろいろな思い出が頭を駆け巡り、目に涙がにじむ。

早めに解散。
ぼくはホテルに直行。

9月1日。大阪2日目。
疲れていたのに、興奮しているのかあまり寝られず。

2時半から公開リハーサル。100人ほどのファンが2階席で見ている。
今日はツアー最後なので、このTrioでできる曲を全部おさらい。
ついでにEvertonのvocalをフィーチャーしてブルースをやる。

なんとMSの古川氏が新幹線でかけつける。
母も日帰りで見に来る。

5時過ぎ、本番始まる。
今日は「無礼講」でやろうと決めた。
1曲目からTongPooを弾く。
スタッフ、クルー、観客、みなあぜんとしている。
いつもの手拍子がない。
あとはもう、ソング・オーダーはめちゃくちゃ。
いつもアンコールでやる「The Last Emperor」が4曲目。
続いて「The Sheltering Sky」、「Little Buddha」。
Bertolucciものを時間順でやってしまった。
うーん、アンコールで何をやろう??

「The Last Emeperor」でクルーからの報復。
何と後ろの木の壁が開き、もうもうとドライアイスが。
しかし、このおどろかしっこ、ぼくの勝ち。
プロレスラーにけんか売っちゃいけないよ。

とうとうできる曲全てを弾いて終了。
ぼくは自分で投げた、マイクが自分の鼻っ柱に落っこちてきて、 負傷。血は出るは、鼻ははれるはで大変。
とうとうツアーで初のけが人がぼくだった、という笑い話。

Jaques、Everton、クルー達としばしの別れ。
浅田くんも来てくれる。
浅田くんはRoskilde、東京、大阪とこのツアーを3回見ていることになる。

今晩は泊まらず、新幹線で東京へ。
母と古川氏も一緒。
ぼくはずっと鼻を冷やしていた。まったくそそっかしい!!


終わった!!
長かったツアーがやっと終わった。
興奮してあまり寝れなかった。

このツアーを支えてくれた全ての人に「ありがとう」と言いたい。

(C)Kab Inc.

8/28/96@Tokyo
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昨日は東京でのコンサートの一日目だった。
一昨日ぐらいから、インターネット上でメーリング・リストが 始まり、ファンとメールの交換を始めた。
こういう形で意見をやり取りするのは、とても新鮮だ。

昨日は本番直前までメールを読んだり、返事を書いたりしていた。
演奏自体はまあまあ。
ここまで3人で一緒にやってくると、多少悪くても平均点以上は 確実にキープできる。
それ以上、自分たちにとっても新鮮な驚きを常に維持するのは 難しい。
何か特別な状態がないと、なかなか驚きはやってこない。
それは場所だったり、人だったり、ちょっとした自分の状態だったり。

東京の観客は(予想どおり?)アンコールまでは比較的おとなしく、 アンコールからはとても熱くなった。
ここで初めて「千のナイフ」を披露。
YMO以来初めてやる。もちろんトリオでやるのは初めて。

終了後、見に来てくれたゲストたちと食事に行く。
食事の後、みんなはカラオケへ。ぼくは疲れたのでホテルに帰る。

(C)Kab Inc.

8/25/96@Ohmiya
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kab.comの上流のNetcomのルーターがまだおかしい。
もう3日目だ。真剣に訴訟しようかと考える。
企業ならとっくに訴えているだろう。
ビジネスへのダメージは深刻だ。

さて大宮でのコンサート。
今日は調子がよかった。
非常にコントロールされているのに、精神はアナーキーでワイルド。
即興でもさらに新しい試みがあったし。
観客はやはり、大ノリで「東風」で手拍子が出た。
インターネットの情報で蔓延したのだろうか?
そうじゃないとすればこの日本独特の現象の原因は何だろう?

明日は日本に着いて以来、初めてのオフ日だ。

(C)Kab Inc.

8/24/96@Tokyo
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一昨日(8/22)は名古屋でコンサートだった。
最初からかなり盛り上がっていたが、それがどんどん 高まっていき、とうとうシシリー人を越えた。
というのもアンコールで全員総立ちまでは、金沢でもそうだったんだけど、 とうとう「東風」で手拍子とかけ声が出てしまった。
これには笑った。
名古屋の人は悪ノリしやすいんだろうか?

以前から、西洋人の先入観と異なり日本の観客も全然シャイとは 言えないのだけど、ここ2,3年でまた少し感じが変わってきたのかな?
それともこのトリオの形態だからか?
やはりこのトリオは人を熱くさせるものがあるということなのか?
東京の人間は、ロンドンのようにひいて客観的に見る人が多いけど、 今回はどうかな?

楽屋においしいうなぎが差し入れされ、大好物だから みさかいなく食べ過ぎて、気持ち悪くなる。
新幹線で日帰り。

昨日(8/23)は午後、FORLIFEに行く。
うなぎがまだもたれるのでサラダしか食べない。
夜、東大の脳研究の杉下教授に会う。
その後、イタリアンレストランで食事。
なぜか非常に疲れた。

今日(8/24)もサラダだけ。
kab.comの上流のNetcomのルーターがループしている。
メールサーバーにアクセスできない。
困った。

第三京浜で横浜へ。
まだNetcomが復旧しない。
本当に困る。

今回のツアーではそれぞれの楽屋にISDNをひき、小さなルーターとハブでLANを 構成しスタッフが作業している。
せめて全国のコンサートホールぐらいは専用線を引いてほしいものだ。
しかし専用線を通り越していきなり衛星から10メガぐらいを確保できるように なってしまうのかもしれない。
とにかくいつでもどこでもつながっていないと困る。

それと車を運転中の携帯の使用は危険だ。なぜ携帯にスピーカーを つけないのだろう。アメリカではもう10年近く前からあるのに。

横浜でのコンサート。
横浜ではRoslikdeとParelmoの話をする。
名古屋の人と連絡でもとっていたんだろうか?
やはり「東風」で手拍子。小さいながら掛け声をかけていた人もいた。
とにかく会場中すごく熱くなった。

中華街に行き、みんなで夕食。
となりにコンサート帰りのMr.Childrenの連中が来る。
小林武とひさしぶりに会う。バンドのメンバー達とは初めて会う。
照明をやっているPatrickと15年ぶりに会う。
彼はYMOのワールドツアーで照明をやっていた。
その後最近はThe Rolling Stonesのツアーをやっているそうだ。

ホテルに帰り着いたのは1時。
ケーブルで「Shindler's List」をやっていたので、つい見てしまう。

(C)Kab Inc.

8/21/96@Tokyo
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昨日、金沢から帰ってきてから一口坂のスタジオに直行し、 台北でのライブのTV放映の為にミックスをする。

今日もミックスの続きで午後からスタジオへ。
午前中、ホテルの部屋で新しい曲のアレンジを書き、写譜屋さんに渡す。
明日の名古屋からソングリストに追加しようと思う。

ジャックと電話で話す。
Portoのツシマさんが東京に来ているそうだ。
スタジオでの作業が終わった後、ジャックをどこかのバーにでも 連れ出そうと思う。
エヴァートンはどこにいるのか、連絡とれず。

母からメールがきていた。
日本に来てからまだ両親に顔を見せに行けないでいる。

アドルノの「否定弁証法」を買ってきてもらう。
丸山真男も読みたいし、いつになったら買った本を読めるんだろう。
死ぬまでにこれらの本を全部読む時間が与えられるだろうか?

(C)Kab Inc.

8/19/96@金沢
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秋山邦晴が亡くなった。
丸山真男も8/15に亡くなっていたことを知る。

「親台湾13カ国の香港領事館の存続、中国が認めず」(産経新聞)
もちろん台湾との国交断絶を図る為だ。

「通産、郵政、脳の仕組み 応用図る」(毎日新聞)
脳研究を飛躍的にのばし、コンピュータテクノロジーに生かそうということ。

「火星いん石に「微生物の痕跡」」
もし太陽系の2つの惑星に生物がいたとなると、宇宙全体の生物存在の可能性は 一挙に多くなる。

やっと日本にたどり着いたというかんじ。
今日から日本のツアーがスタートする。
昨日は会場でジェネラルリハーサル。
もちろん日本では電源が突然落ちたりすることもない。
台湾では本番直前、ライティングの電源が落ち、せっかく夜通し 作業した湯浅さんのプログラムが一部失われてしまった。
日本人クルーの仕事の質も最高だ。
10年以上前からいつも思うんだけど、これで彼らが 英語がしゃべれたら世界最高のツアーチームとしてどこに 出しても、どんなビッグネームのツアーでもできる。

日本では機材も最高のものが用意できるので、会場の音、ステージ上の 音も信じられないくらいよい。
もっともPAの志村さんもモニターのマッシュも、あれだけ悪い条件で 常に最高の音を作る為にすごい苦労をしてきたので、 技術が2倍も3倍も上がっているんじゃないかな。

ピアノも去年頼んで作ってもらったカスタムメイドのピアノだから、 状態は最高によい。
今までツアーの各所で弾いてきたピアノと違い、音の切れ味があまりに 鮮明なので恐いくらい。
ほんとうに日本はユニークな国だ。

日本の観客はどうか?
イタリアや、ポルトガルの人たちのように音楽の悦びを素直に受け取るのか?
今晩が楽しみ。

相変わらず日本では始まりが異様に早い。
今晩はなんと6時半開演だ。
あいた口がふさがらない。
しかしその土地それぞれに規則、ルール、慣習があるのだ。
日本では開演前に国歌を演奏する規則はない。
銃をもったセキュリティもいない。

1時半、ホテルで朝日新聞の取材。
3時半、サウンドチェック。

6時40分、開演。
金沢の観客は前半おとなしく、アンコールでは総立ち。
ぼくは「君たちはイタリア人みたいじゃない!」と冗談を言う。
3曲目の「東風」が終わってもみな帰らないので「Parolibre」を演奏する。
静かなこの曲をみな立ったまま聴いていた。
スタッフがみな感動していたし、チェロのジャックはほとんど 涙ぐんでいた。「いいお客だ」

エヴァートンのリクエストでやきとりを食べに行く。

いいスタートだった。
今日はアキの命日だった。

ホテルに帰ってきてNHKの「新電子立国」を見る。

(C)Kab Inc.

8/16@HongKong-->Tokyo
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たいして昨日飲まなかったのに、二日酔いぎみ。
とりあえずメールをとって、パッキングを始める。

12時半、ホテルを出、空港に向かう。
3時、東京行きANA#910。
到着時間は約9時。もちろん今夜は取材もない。
休息しなくては。

(C)Kab Inc.

8/15/@HongKong
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今日は熱帯低気圧の中にいるのか、すごい雨。
ホテルの部屋から見える、湾と空が濁った緑色ですごい景色だ。

11時半、昨日のカナダ人のカイロプラクターがまた来る。
背中の「石」がなかなかほぐれない。

12時半、ホテルのレストランで香港の超アイドル、Andy Lauと食事をする。
小室哲也にとてもよく似ている。
ランチの最後にKenny Wenも合流して皆で記念撮影。

4時、サウンドチェックに向かう。
今日でサヨナラのクルーがいる。
みんなソワソワしている。
今日のピアノはなかなかいい。
会場の関係で蓋をとる。

7時半、香港のもう一人の大スター、Jackie Cheungが訪ねてくる。
同じ日に香港の2大スターと会うというのは、なかなかすごいことだ。
彼らと将来何か仕事をすることになるかもしれない。
何年も前からアジアのアーティストと何かやりたいと思っている。

8時半、ステージに出る。
東京のサントリーホールのように客席が舞台をとりかこんでいるので、 後ろにもお客がいる。とくにやりにくくはない。
最初から音楽に集中し、最後まで緊張がゆるむことがなかった。
なかなかよい演奏だった。

クルー全員で記念撮影。
明日、みんなバラバラに散っていく。
KennyはSeattle、CraigはSan Francisco、David D'ArcyとRubinsonはNew Yorkに。
ステージで「彼らのハードワークがなかったらこのツアーは実現しなかった でしょう。感謝してます。」と言った。

一度ホテルに帰り、パーティーの為Quo Quoという所に行く。
が、もうぼくは眠くてたまらない。
カイロプラクティクのせいで体がゆるみ、泥のように重たい。
先に一人で帰って寝る。

幸せな8月15日だった。

(C)Kab Inc.

8/14@HongKong
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台北から香港に来る。近い。
おもしろいことに香港、台湾、沖縄と同じくらいの距離だ。
今回のツアーではアジアの中国圏を全部まわったことになるので、 同じ中国人といってもそれぞれの違いを見るのはとても興味ぶかかった。
偶然、シンガポール、香港、台北、北京は時差がない。
英語と中国語をしゃべる中国人のパワーはすごいと思う。
21世紀は彼らの世紀になるだろう。
確かに北ヨーロッパは教育程度が高くて社会もオーガナイズされて いるけれど、それらの国からはアジアで感じられるようなエネルギーは 感じられない。静かにゆっくり死んでいっているのだ。

今朝、台北を出る時に腰を傷めた。肩もだめだし、もうぼろぼろだ。

1時半、
ホテルに着く。東京で知り合いだったマネジャーのDavidが7月から こっちのホテルにテコいれの為来ている。再会を喜ぶ。
「東京が恋しい」と言っていた。

3時、ホテル内で記者会見。
4時、CNNへ行き、May Leeと対談。
5時、ホテルに帰り、またTVインタヴュー。
CNNのMay LeeはOHIO(!!)生まれの韓国人。非常に聡明で話していて楽しかった。
友達になりたいとひさしぶりに思う。あまりそういう人はいない。

睡眠不足で飛行機に乗り、着いてすぐインタヴューというのは 本当にこたえる。

カイロプラクターに来てもらう。
香港に住むカナダ人。まあまあよい。
少し腰の痛みがやわらぐ。肩から背中にかけて石のようにこっている。
カフェイン、アルコールは体の水分をうばい、筋肉がこりやすくなるので やめるように言われる。水分をたくさん摂るように言われる。
なるほど理にかなっている。

7時半、ゆっくりとホテルの「カエツ」で和食を食べる。
ここのマネージャーも日本で知っていた人。

今週の「週刊現代」にまたくだらない記事が出ているらしいことを知る。
もう講談社と一生仕事をすることはないだろう。

(C)Kab Inc.

8/13/96@Taipei
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10時45分、起きる。
12時半からKenny Wenとランチ。

3時半、サウンドチェックへ。
今日はヴィデオと音の収録があるので、日本から飯尾くんと松田くんが 来ている。二人とも台湾の人と仕事するのは初めて。

会場は「国父記念館」。政府の建物なので開演前に規則で国歌が演奏 される!!
7時半、Kenny Wenが出る。もちろん彼は台湾出身なので「ご当地」!
8時、ぼくたちが出る。
あっ、またやってしまった!譜面をもって出るのを忘れたので、一旦出たのに ひっこんで楽屋からとってくる。
今日のピアノはベーゼンドルファー、まあまあ。
今日は中国語の通訳はなしで英語だけのトーク。
いいできだった。即興もいつもと違うパターンが出て楽しめた。
お客もとてもよかった。
アンコール、3曲。

Sallyの義理のお母さんとその一家に会う。
お母さんは日本語が流暢だ。
もちろん戦前の日本の侵略の痕跡だ。
他の家族はポカンとしている。
日本が負けて台湾から引き上げる時、台湾の人は泣いたそうだ。
一般の日本人はとても優しくていい人だった、と言っていた。
ぼくは涙がこぼれるのを必死でがまんした。

ホテルに帰りTVで「Uボート」を見るが、眠たくなって途中でやめる。

(C)Kab Inc.

8/12/96@Taipei
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朝4時に起きる。まいった!
北京の空港で案の定、一悶着。
荷物の超過料金のことでえんえんと喧嘩。
中国人のプライドを刺激したら、かなうものはいない。
7時45分のフライトで香港に一度戻り、機を変えて 台北に行く。1時間20分。
とても蒸し暑い。
空港から市内に入る風景は東京の北のようだ。
市内に入ってからは広島と大阪をミックスしたかんじ。

ホテルに着く。
部屋が10室もある。驚く。
台北から東京のMSNに21,600pbsで接続。

5時、記者会見。大量のプレス。
台湾では、日本対台湾のバリヤーは感じない。
ぼくの経歴に関してもよく知っているので、びっくりする。
7時半、市川さんとぼくの部屋でディナー。
テレビでNHKをやっている。「ハワイ・マレー沖海戦」。
なんでこんな時期にこんな映画をやっているのか不明。
そうか、終戦記念か........。
終戦記念日の15日に香港でコンサートか.........。
調律のDavidと話す。アジアに来てからいろいろ問題を起こしている。
12時、寝る。

(C)Kab Inc.

8/11/96@Beijing
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昨日の記者会見の失敗をリカバーする為に、ぼくの案で 数人のジャーナリストとインタヴューすることになった。
香港のプロモーターのAndrewのワイフ、Sallyが英語とマンダリンの 通訳をする。
2時、昨日の記者会見に来ていた若いライターたち。
昨日の堅苦しさは全然なく、くつろいで話し合う。
非常にenthusiasticだ。
昨日のあれは何だったんだろう。
中国の新しい音楽に関して情報を得る。
GUTレーベルから是非中国のニュージェネレーション の音楽をリリースしたい。
去年から言っているのだが、今まで中国に来る時間がなかった。
もちろん今回の3日のステイでは充分ではない。
が、ジャーナリストの一人で非常に優秀な若者と知り合えて、 彼と情報交換する約束をした。

4時、サウンドチェック。
今日の観客はどんなものか?

今日は昨日のお酒で体調が悪い。プロにあるまじきことかもしれない。
前半はかなりナーバスになっていてノレなかった。
後半、すっかりいろんなことを忘れて音楽に没入する。
昨日に比べて暖かい自然な反応。
ヨーロッパや日本でやっているのと変わりない。
写真を撮り続けるやつもいなかった。
こんなに静かに集中して聴くことは、まずありえないそうだ。
普段は携帯で話したり、食べ物を食べたり、横の人とおしゃべり したりだそうだ。現地のスタッフがびっくりしていた。

ショーの後、日本大使館の人たちと会う。
昨日は大使も来た。

バンでホテルへ直行。10時半。
明日はなんと早朝5時にチェックアウトだ。

なんとか無事、北京公演も終わった。

(C)Kab Inc.

8/10/96@Beijing
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日本にこんなに近くにいながら、まだまだたどり着けないもどかしさ。
日本の両親に電話する。

北京の2日目、香港からのぼくたちの荷物は無事、飛行機に乗っただろうか?
12時から、ホテルでプレス・コンファランス。
通訳の日本人女性が質問の意味をうまく伝えられないで、とんちんかんな 質疑応答になってしまった。
後半は英語でやる。
中国の人はやはり、特別な何かを期待している。
台北と同じでは嫌なのだ。
中華思想は厳然といきている。それはいつも変わらない。
ぼくは「与えられた条件で最高の演奏をするのがぼくの義務だ。聴衆がノレば ぼくたちもそれだけノル。」と答えたが、うまく伝わらなかっただろう。
困った.........。

ホテルで食事、ひどくまずい。
10年前に来た時は、ホテルの従業員もほとんど英語ができず、 サービスという観念もなかった。ホテルのロビーにも公安警察がウロウロして いて監視していた。10年たってずいぶん変わった。

街にはもうほとんど人民服を来ている人はいない。そんなこと言えば、現地の 人は大笑いするだろう。
10年前ですら、スターリンが理解してもらえなかった。
名前は聞いたことがあるか何なのか知らない、というのが一般の人の答えだった。

10年前には東京に電話するのでさえ、英語の通じないオペレーターを通して 3時間も待たされた。今は東京のMSNに接続して電子メールを送ることができる。
しかしラインが不安定なのか、速度が一定ではない。時には9,600pbs、 ある時は24,000bpsという具合だ。それでも北京からインターネット接続して いるのだ。

アジアはよくも悪しくもこの巨大な国、中国の動向に影響される。
シンガポールや、香港のように中国系の人が多い地点がアジアの拠点に なっていくだろう(もうなっている)。
特殊な言語、文字を使っている日本・韓国などは進歩の速度がおおいに鈍るだろう。
英語・中国語圏でないこれらの国がどういう特色を生かして、今後勝負して いくのか。興味ふかい。
まだこの危機を認識していない人が多いのには驚かされるけど。

これからサウンドチェック。

会場はホテルのあるビル。ちょっと変。
セキュリティはすごく厳しく、煙草を吸う真似をしようものなら、 銃をつきつけられるかも。
ぼくの60年代の血が騒ぐ。
あー、やだやだ管理社会。
多分、この社会に自由を許すととんでもないカオスに なってしまう、という人間性悪説に基づいているのだろう。
もちろん日本のゆるやかな自主規制的社会が、世界から見れば 特殊なのだが。

さて、本番はどうなることやら..........。

7時半、Kenny Wenがステージに出る。

本番終わる
ショーの途中、写真を撮り続けていたやつがいた。
自分の行動を正確には覚えていないが、ぼくはステージをとび降りて、 そいつに「Get out!」と言った。

ショーはうまくいく。
が、「事件」のあとはぼくたちも観客もちょっとかたくなったけど。
興奮してステートメントしたので英語が変だったな。

Chen Kaige(陳凱歌)、Jiang Yimou(張藝謀)、Cui Jiangなどが楽屋に来る。
中国の偉大な映画監督が2人同時に来てるなんて!

ショーの後、CD Cafeに行く。
Cui Jiangが来ていて、トランペットを吹くそうだ。
しっかりしたJazz Band。
しかしCuiのペットは聴かずに、すぐホテルに帰る。
今日の記者会見のことや、コンサート中の「事件」のことで 感情がひどく高ぶってしまった。
寝る。

(C)Kab Inc.

8/9/96@Beijing
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睡眠不足でしかもまだお酒がぬけていない状態で、朝早く ホテルを出発。
HongKong行きのCathayに乗る。
約4時間かかって、HongKongに着く。
機を乗り換えて、ChinaAirでBeijingに向かう。
2時間半。
Beijingに着く。
どしゃぶり。

HongKongからのぼくたちのバッグが一つも乗ってない。
HongKongに置きっぱなし!!

空港から、白の巨大なリムジンでホテルへ向かう。
このリムジンはマドンナの物だったそうだ。

ホテルで歓迎される。
疲れた!
フライトは短くても長くても、乗っているだけで疲れる。
気圧とか機体のゆれとかが原因だと思う。

しかたなく着の身着のまま寝る。

(C)Kab Inc.

8/8/96@Singapore
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今日は初めてのシンガポールのショー。
12時からホテルでプレス・コンファランスだった。
途中からスコールになった。

シンガポールは、とてもクリーンでもちろんごみ一つ落ちていない。
道を横断するのも違法。
ぼくには息がつまりそうだが、現地の人は意外に平気な顔をしている。
日本人の観光客も多い。
シンガポールにはMSNの接続ポイントがないので、日本につなげる。
シンガポールと中国政府はインターネットを検閲している。

住人は80%が中国系、あとはインド系、マレー系などだ。

ここは近未来的な管理国家の代表といってもいいだろう。
インターネットの普及率もアジアで最高。日本の2倍のサーバーをもつ(人口比)。
以前、街中に情報キオスクがある、と読んだのでさがしたが見当たらない。
空港の電話も普通で、ISDNではないし、接続ジャックもない。

会場は巨大なコンヴェンション・センターのような所。
暑い国なので、ビルの中はどこもクーラーが非常にきいていて寒い。
リハーサル時に、あまり寒いので温度を上げてもらった。

今日のピアノは今回のツアーで最低のクオリティだ。
調律のDavidがほとんど怒っている。
彼とシンガポールは相性が悪い。空港でもトラブルがあった。

しかたがない。なんとか荒れ馬を乗りこなすようにピアノを弾く。
が、そっちに気がとられて音楽に集中できない。
とうとう最後まで完璧なパフォーマンスができない。
会場の音響も非常に悪い。
初めての場所、初めてのお客に最高の演奏を提供できないのは、 とても残念だ。

終わってから主催者に、「このようなクオリティのピアノでは 今後絶対にやりませんよ」ときつく言う。

ホテルに帰らずに「Zouk」というダンスクラブに行く。
Dick Leeと会う。いろいろ話す。彼が日本に5年住んでたとは 知らなかった。
Dickはモデル・エージェンシーとかプロダクションとか いろいろな事業をやっている。
酔ってホテルに帰る。
誰もいないロビーに小猫がいたので、部屋に連れて帰る。

シンガポールの人はみなよい英語をしゃべる。
日本も英語を第一言語にしないと、世界からつまはじきだ。
ま、それも国民の選択だったらそれでいいんだけど。
もちろん韓国も同様の問題をかかえる。
インターネットの普及で英語の世界語化はますます進んでいる。
英語帝国主義は嫌だけど、これが事実だ。

(C)Kab Inc.

8/7/96@Sydney
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一昨日、Melbourneでショー。
会場全体が禁煙。
ホール、楽屋ともすばらしい。
街は北欧の街みたい、とてもクリーンで、だだっ広い。

ぼくはまだ時差で夜寝られず、その上ホテルのベッドが 柔らかすぎて腰が痛く、コンディションとしては最悪。
もちろんショーはそれなりに盛り上がった。
このMelbourneのショーからKenny Wenが参加。
一人で2曲ほどやり、アンコールでまた出てきて ぼくたちと「A flower is not a flower」と「The Last Emperor」 をやる。
それと驚いたことに前座に、ぼくの全く知らない現地の バンドが入っていた。
これはオーストラリアの法律なんだそうだ。

ショー後の楽屋で人に会う。
8歳の女の子がきている。かわいい子だ。
頬にkiss。

昨日、Sydneyに帰ってきてホテルで休憩。
4時半、会場へ。
会場の特性でピアノの蓋をとっている。
この太平洋サーキットでは、1回1回ピアノも機材も 違うので音を作るのに時間がかかる。
PAの志村さんが苦労している。

今日も例の現地のバンドが入っている。
8時すぎKenny Wenが出る。
けっこう拍手をもらっている。
8時半、本番。

今日はチェロのジャックも時差で、朝の3時から寝ていない。
ぼくもまだフラフラだ。
コンディションとしては最低だったのに、パフォーマンスとしては 最高のもののひとつだった。
不思議なものだ。
何がそうさせるのか分からない。
音響やお客や、1曲目の始まり方や、様々な要因が複雑に絡み合っている。
パリ、ロンドンでけっこうミスタッチがあったので、かなり 注意して弾いたので、難しい個所もなんなくパス。

アンコールを3曲。「東風」は昨日も今日もとても速い。
冗談でオリンピックのせいだ、なんて言い合う。
オリンピックといえば、Al Greenはすばらしかった。
あれがAtlantaの民族文化なんだから、あれだけでよかったのに。
くだらいないマスゲームなんかやらずに。
PepoはBarcelonaでベッドに臥しながら見ていただろうか?

今日はSingaporeに行く。

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8/3/96@Sydney
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東京と時差が1時間しかないのに、これだけ離れているという
経験はあまりない。というか初めてだ。
普段ぼくたちは地球を縦割りにした時差の感覚で暮らしているが、 地球はもちろん球なので、縦方向にも同じだけ距離があるわけだ。
あまり使ってない感覚だ。
もちろん宇宙に出てしまえば、そんな縦横の差なんて無意味だが、 少なくともこの球体上で暮らしているぼくたちにとっては必要な感覚だ。

時差で寝れなかったので、昼の1時まで寝る。
台北からのインタヴューの電話で起こされる。
ねぼけまなこでインタヴューに答える。
時差には太陽にあたって、体内時計をアジャストさせるといいと 聞いているので、散歩にでかける。
意外とホテルはSydneyの「歌舞伎町」にとても近かった。
グルっと1周する。
チャイナタウンは離れた所にあったが、「歌舞伎町」には コリアンの店が多い。その中でいくつか日本人の店もある。
ほんとうにチャイニーズ、コリアンの人たちの生きる力には 感心する。
CDを何枚か買う。
吉祥寺にありそうな、とても小さなカフェでカプチーノの飲む。

吉本隆明が海でおぼれて重体、というニュースを聞く。
前中とイメージがだぶる。

ホテルの部屋で「Broken Arrow」と「The Bird Cage」を見る。
「The Bird Cage」はおもしろい。

AltaVistaで「generative music」を検索したら、一発で Brian EnoのKOANに行けた。
気分がのらないので、ダウンロードはしてない。
ヤサカくんにURLを知らせたら、彼も昨日知ったところだった。
「code化された音楽」に燃える。

Laptopの1GHDが一杯になってきたので、今は何も 増やしたくない気分だ。
東京に行ったら640MのMOdriveを手にいれよう。
また旅行で持って歩くものが増えるがしかたがない。

明日はMelbourneに移動する。

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8/2/96@Sydney
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7/31にLondonを出て、8/2の朝5:00、Sydneyに着いた。
22時間のフライト、ぼくの人生で最長記録だ。
オーストラリアに来るのは初めて。
今後もあまり何回も来るとは思えない。

ホテルにチェックインして、すぐ寝る。
12時からプレスインタヴュー。
新聞、TV、ラジオ等。
6時に終わる。
ヘヴィーなオーストラリアン・アクセントが聞き取れないかと不安だったが、 以外に何の問題もなかった。
もちろん英語でのラジオやTVのインタヴューは緊張するけど。

ホテルからすぐの所にあるジャパニーズレストラトランにJohn、Skyと 行く。
日本の居酒屋のようなレストラン。
日本人の若い娘たちが働いている。
オーストラリア人の客も多い。
すごくはやっている。

オーストラリアは建国200年。もちろん移民の国だ。今も移民は多い。
しっかりチャイナタウンもある。
比較的差別は少ないようだ。
しかしネイティヴのアボリジニはスラムに住んでいて、アルコール中毒も 多いと聞く。
イギリス人、スペイン人、フランス人たちがやってきたことの代償が ここにもある。
他人の土地に土足で入り込んできて、征服する。自分たちの土地のような 顔をして支配する。
そういうことが何千年も行われてきたのだ。
人間というのは罪深いものだ。
この罪はいつになったら償われるのか?
そこで苦しんでいる人たちはいつ報われるのか?
報われずに死んでいったひとたちは?

Requiemを書かなくては。
ぼくの音楽の底に、苦しんでいる人たちへのrequiemが流れている。
Meloncholyとは違うものだ。
非常にdepressedされた怒り。歴史に対する怒り。人間に対する怒り。
しかし怒りにまかせてどなっても、どうにもならないことは分かっている。
この代償は必ず払ってもらうぞ、という怒り。
どんな悪人でも、motherに対しては涙するだろう。
そこにしかこの「歴史」を清算する鍵はないような気がする。
Motherとしての音楽。
これは「追悼」とかいう次元とは違うものになるはずだ。

Requiemとしてのopera。
しかしそんな「物語」(story)がどこにある?
Dostevsky?
Dante?

時差で寝れない。
ヨーロッパに1ヶ月以上もいたのだ。
何ヶ月ぶりにPacific Ocean圏に来たのだから時差があっても しかたがない。
肩と腰が痛い。
歳をとった。

Sydneyの朝が明けていく。
ほんとうはもう寝なくてはいけないのだが、アルコールを 飲んでも寝られない。
こういう日もある、ということだ。

オーストラリアでもMSNは快調につながる、19,200bps。

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7/27/96
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とうとうこのツアーのヨーロッパ・サーキット最後のロンドン公演になって しまった。
午後12時、TV朝日の「ミュージック・ステーション」に中谷美紀が出る ので、ぼくもロンドンから中継ということで出演。
いったんアパートに戻り、3時半ピックアップ。The RoyalFestival Hallに 行く。サウンドチェック。とても響きのよいホールだ。ロンドンの友達、 ユカと澤くんが来ている。
6時前、ホールの隣りにあるMuseum of Moving Imegesに行く。今日は午後から ここで「戦メリ」と「嵐が丘」を上映していた。6時からぼくが加わり、ステージ で話と聴衆からの質問に答える。
7時、ホールに戻り着替え。
今日のコンサートで最後になるクルーも多いので、みんなに感謝とお別れを 述べる。
7時半すぎ、本番。
クルーもロンドン出身が多いので緊張気味。
ぼくたち3人もなぜか多少ロンドンということで緊張している。
場所と人がなぜかそういう気分にさせる。
ロンドンでの評判が世界の標準になるということもある。
ロンドンの聴衆が世界でも一、二を争うほど批判的ということもある。
今まで何度かやったコンサートでもなぜか、全面的にノルということは なかった。
なぜか椅子に深々と腰掛けて「きいてやるよ」的な雰囲気がどこかに かんじられるのだ。

しかし、今夜は違っていた。
3曲めの「戦メリ」でもう熱狂的な拍手がきたし、ジャックの即興では そのまま続けられないほどの拍手がきた。
アンコールもとうとう4回もした。
今夜ほどホットなロンドンのお客はみたことがない。
「今日の君たちはイタリア人みたいだね」なんてジョークをとばした。
最高のできだった。

なんでたった3人のこの形態がこんなにうけるんだ。
なんでいつもポップスの形態だとあまり受けないんだ。
まぁ、答えは分かっている。
このトリオの方が音楽的に力があるからだ。
ダイレクトに音楽が聴衆に伝わるからだ。
ぼくの指先の感触まで聴衆に伝わるぐらい、ステージと 客席の間の垣根がないからだ。
ステージが音楽に没入すればするほど、客席も同じくらい 音楽に入り込める。

やはりぼくが直感的に思ったようにこのトリオの形態はぼくの 音楽の「核」になるものだ。
このトリオを中心にして、その上に好きなものを足せばいいんだ。

コンサートの後、今日のインターネットのライブ中継をサポートしてくれた 三菱/アプリコットUKのPeterはじめ関係者と挨拶。
その後個人的な友達たちと乾杯。Roddy Frameも来てくれたし、Brian Enoの アシスタントのSaffron Flowerも来てくれたし、Michael Nymanにも会った。 しかし何と言っても驚いたのは、NYの友達でここ4、5年会ってなかった Cynthiaが来たこと。生きているのか死んでいるかも分からなかったのに、 楽屋にひょっこり訪ねて来てくれるとは。
AIDSで死んだSteveも、元はといえばCynthiaの紹介なのだ。
Cynthiaとは一言では言い尽くせない思い出がある。

いろんな感慨で胸がいっぱいになりながらアパートに帰る。時間がなくて 食べてなかったので、Kings Roadに出てサラダを食べる。白ワインを頼むが まずくて飲めない。疲れでフラフラになってアパートに戻りベッドに倒れる。

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7/26/96
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結局パリ公演もうまくいき(演奏上少しひっかかった個所はあったが 公演としては大成功)、アンコールは今ツアーで最高の5回。
Zazouなど懐かしい友達とも会えて、最後のバス移動でパリからロンドンへ。
2時頃出発してドーバーのイギリス側に7時頃着き、入国審査とカスタムを 通る為起こされる。非常に眠いのに入国審査を受けるのは辛い。しかも オフィサーが成り立ての若い娘でしつこく聞かれる。ドーバーを渡ってきた フェリーの名前まで聞かれたのにはあきれた。こういう融通のきかない奴って どこにもいるんだよね。困ったことだ。

カスタムの後、またバスに乗り、美しいイギリスの田舎の風景と羊など見ながら また寝る。ロンドンに入る頃はちょうどラッシュアワー。しかも悪いことに 今日は地下鉄のストライキ。最近週に1度ぐらいやっている。
バスが止まったり動いたりするのでよく眠れず、窓から景色を見ながら 今どこを走っているのか推測するが、よく分からない。SW5という表示が あるので南からロンドンに入ろうとしていることは分かる。

ドーバーから3時間かかってやっとロンドンのアパートにたどり着く。
ここでバスのドライバー、Kenとはお別れだ。約3週間事故もなくよく
ヨーロッパ中を走ってくれた。ありがとう。あまりお酒は飲まないように。

その日は1日ボーっとしてすごす・

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7/24/96 in Paris.
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いよいよこのツアーのヨーロッパ・サーキットもあと2回を 残すのみ。もうヨーロッパが名残おしい気がしてくる。

朝10時、パリのレアルのそばのホテルに入る。
会場まですぐだ。

昨日の肩の痛みは、Portoの津島先生の電話によるインストラクションで 半減している。よかった。

バスでは眠りが浅いので、昼寝しようと思うが工事がうるさいので あきらめ、レアルを回りを歩く。ポムピドゥセンターをのぞく。
薄いレイアウトのいい「アヴァンギャルド映画1955-1995」という本を買う。

5時半、会場に入る。狭いけどかんじのよいモダンなホール。
客席の傾斜が大きく、ステージを上から見下ろすかんじ。
イタリアなどではずっと始めるのが10時ころだったが、さすがに ヨーロッパの上の方は始まりが早い。8時半。それでも日本に比べると 遅いが。
日本が特に変なのだ。あれは単に会館の従業員の都合が 優先されているのだ。ほんとうに頭にくるよな、こういうことって。
会館なんていれものにすぎないのだから、始まる時間なんて 個々の内容に合わせて好きにすればいいのに。
これが嫌で一度夜12時からのコンサートというのをやったことがある。

サウンドチェックの後、リンダの作ったディナー。
赤ワインも少し。

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7/23/96
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Zurichでのコンサート。
会場は古い教会をミュージアムにしている所の中庭の仮設ステージ。
イタリアが長く続いたので、ゲルマン系の人たちのオーガナイズされた スタッフに感動。
しかしぼくは南の土地が好きだけど。

9時50分、雨が予想されるので、予定より少し早くステージに出る。
とちゅうからやはり雨が降り始めるがお客は帰らない。
どんどん雨が激しくなってくる。
とちゅう2回ほど、雷の閃光。劇的だな。
とても真剣に聴いてくれた、すばらしい観客に答えて 3回アンコール。最後の「Parolibre」は完璧な夜の音楽--Nachtmusik。

公演後、雷の閃光を見ながら10時間かかってパリへ移動。

いよいよヨーロッパもあと2回を残すのみ。

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7/21/96
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SiciliaのPalermoでのコンサート。
初めて行くシシリー。マフィアの島。
とても山が多い。土地は白く乾燥していて北アフリカのよう。

会場はやはり街中の公園の仮設ステージ。
ホテルの従業員も現地のスタッフもほとんど英語がしゃべれない。

暗くなるにしたがって、ぞろぞろすごい数の人が集まってくる。
まるで街中の人がくりだしてきたかのような群集。

10時、本番開始。
とても「熱く」好意的な人たちだ。
ステージが「熱い」と、敏感に反応を返してくれる。
やはりアンコールでは熱狂したファンがステージに 押し寄せる。
CDをもっているファンだけではなく、Genovaにいたような お年寄りのお客まで熱狂して「Bravo!!」と叫んでいる。
暴動でも起こりそうな雰囲気なので、ステージから 駆け下りてバンに駆け込み、猛スピードでホテルに帰る。
いやー、やっぱりすごい所だ、シシリーは。
ここでビジネスするのは大変だろうけど。

後で聞いたんだけど、5000人いたお客でお金を払ったのは1200人だけだった そうだ。あとは張り巡らしある柵を押し倒してどんどん勝手に入って きてしまった人達そうだ。

翌朝、ホテルを出発。Palermoを後にしてMilanoに戻り、バスで アルプスを越えてスイスのZurichに移動。
昼間見るアルプスは雄大で美しかった。
アメリカのシェラネヴァダの山々を思い出す。

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7/20/96
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Milanoでの休日。
午後、たっぷりPradaで買い物。
夜は行きつけのレストランで食事。
今回のツアーの最良の日。

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7/19/96
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Milanoでのショーはなんと人造湖の上の浮いている仮設ステージだ。
水の上のコンサートなんて生まれて初めてだ。
スタッフもこんなのは初めて。音響や照明機材を設営しなくては ならないクルーにとって、ここは今回のツアーで一番辛い条件の 場所だろう。

Torinoに続いてまたもや蚊の大軍に責められる。Milanoの蚊は 音楽に対するリスペクトが足りないのか、本番中も容赦なくぼくたちを 攻めてくる。
日本からもってきてもらった蚊取り線香との闘い。
ぼくは残念ながら本番中背中をやられてしまった。

ゲストの中にはさすがにMilanoらしく、Dolce & GabbanaやArmani、 PradaのPressの人たちが来ている。

Torinoほどの完成度はなかったが、最後には全員スタンディング・ オベイション。
お客は前に来たくても水がステージと客席をへだてている。

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7/18/96
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一日おいてTorinoでの公演。
やはり大きな公園の中の野外ステージ。
志村さんのおかげでステージ上の疎外感は解消された。
この日の公演は特にうまくいく。
ステージと客席との一体感は素晴らしい。
今までのショーの中でも1、2を争うできだった。
ひとつだけ大きな問題があった。
蚊の大軍だ。
本番前、スプレーを頭からふきかける。
本番中も実は客席から見えないところに イタリアで売っている蚊取り線香をたく。
驚いたことに、リハーサル中さんざんぼくらを 悩ませた蚊の大軍が本番中におとなしくなった。
「蚊も音楽をリスペクトしてんだよ」とジャックが冗談を言う。

Torinoから2時間かかってMilanoのホテルへ帰る。

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7/16/96
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ItaliaのGenovaに行く。
Genovaは地中海の重要な基地らしく、大きな港に船がたくさん 寄港している。
また大きなリゾートタウンがある。
会場はそのリゾート地の真ん中の公園の中。
もちろん野外の仮設ステージ。
悪い予感。
案の定、本番ではあまりお客の反応がステージに伝わらず、 ステージの上のぼくたちは少し不満な状態で空回りしている。
しかし後でスタッフに聞いたところによると、お客は 充分入り込んでいたそうだ。
特にひとり70歳ぐらいのおばあさんがいて、1曲ごとに 「Bravo!」と叫んでいたそうだ。
あのあばあさん一人の為にもGenovaに来た甲斐があった。

Genovaでの問題を解決する為に、PAエンジニアの志村さんと 協議。観客席の音をステージにかえすようにしてもらう。

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7/12/96
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さてMadridのあとLisbon、PortoとPortugalの2都市に行く。
両都市ともすばらしく好意的なお客に迎えられる。
特にPortoの会場、Colosseumは音響がすばらしく、 是非また来てレコーディングしたいくらいの所だった。

またお客もナイーブなくらい音楽にはいりこんでいて、 Portoでは中年の男性が号泣していた。
ここにもたくさんのファンがいるのに感謝。

Portoを後にしてLondonに帰り2日ほど休息。

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7/11/96
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昼ごろマドリッドのホテルに着く。
やはりバスでは深く寝れないので、午後少しウトウトする。
6時すぎからサウンドチェック。
会場は大学の中庭のような所。
屋外の仮設ステージだ。このような環境で気分よくやれた試しはない。
今回のツアーでとてもはっきりした。
同じ屋外でも、いわゆる仮設ステージのような所ではもう今後
やりたくない。
そこにいるだけでcreativeな気持ちになれる特別な場所というものがある。
そういう所を大事にしたい。
見る側もそこに座るだけで、もう聴く準備ができているのだ。

10時、演奏が始まる。
今回のツアーでは、チェロのジャックの影響で演奏を始める前も、
演奏中もスコッチかワインを飲んでいる。
特に今日はバス旅行のせいで頭がさえないので、「きつけ」と称して
いつもよりたくさんスコッチを飲む。
演奏自体はけっこうよかったと思ったんだけど、スタッフに聞いたら
やはり昨日のBarcelonaのような雰囲気はなかったらしい。

お客も変で本編の間はあまり反応しないのに、アンコール前、アンコール
中急に熱狂的になる。
これも屋外の仮設ステージで決まって起こる現象だ。何なんだろう??

さてまた終了後シャワーを浴びてバスに乗り込み、リスボンまでの 10時間の旅だ。今午前2時、バスはマドリッドを後にした。

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7/10/96
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ロンドンからバルセロナに向かう。
懐かしい空港に着く。
4年前の感動がじょじょによみがえる。
懐かしい街並み。
今日のコンサートは絶対いいものになると思う。

会場に入る前、オリンピックの開会式のプロデューサーだった
友人のPepo Solに電話をする。
なんと食道ガンで寝込んでいたっ。とても悲しい。
無理して電話口まで出てきた彼の声はとてもひどくて
聞き取りづらいものだった。
「Be Strong!!」と励まし、電話を切る。

会場はアテネの野外劇場を小さくしたような、とても
雰囲気のいい所だ。
今回ほど、場所によって演奏が大きく左右されるツアーは
初めてだ。
やはりいつもは様々な機材を使って演奏するので、人間は
パーツのひとつとして分業を担当しているにすぎない。
だから場所や観客が異なっても、担当している部分には
大きく影響を与えない。
今回のトリオでは、3人とも丸裸のような状態なので、
ちょっとした観客の反応(反応の鈍さ)にも大きく演奏が左右される。
興味深い。

9時半、日がさっき沈んでまだ明かりがほんなり残っている。
いよいよ舞台に出て行く。
この時の舞台後方の木にあてている湯浅さんの照明のすばらしいこと!!
もうこれだけで、これからの2時間近く、最高の演奏ができる気分に
させてくれる。

1曲めの「美貌の青空」の前に、「I would like to dedicate this song
to my friend,Pepo Sol」と付け加える。
会場にはPepoの友人達も多くいるはずだ。会場から少しどよめきが起こる。

アテネの時と同じように、場所と人に大きく影響されて、最高の演奏が
できた。
6日間のブレイクがあったので、多少ミスタッチなどあったものの、
何というか、spritualな高揚があったと思う。

終了後、Antonio Miroと友達たちが楽屋に来る。Antonioとも4年ぶりだ。
お互い、すこし老けた。いい初老の男になっている。
Pepoのことをお互い残念がる。まだ死んだ訳ではないけれど。

Barcelonaは本当に素晴らしい「My Town」だ。
来年必ずもどってくるだろう。

大好きなレストランにも行けず、ただちにシャワーを浴びて
バスに乗り込み、マドリッドまで10時間の旅。

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7/4/96
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さて、パリです。
Cartier Foundationという所でした。
今回はPAもモニターも照明もなしという本当の「unpluged」な
コンサートでした。
10階建ての全面ガラス張りのビルの中に、巨大なとりかごがあって
中には30羽の鳥がいます。
そこにピアノと椅子をもちこんだだけの簡素なセッティング。
いつもマイクとアンプで増幅してお互いの音を聴きあっている
のに慣れているので、この「unpluged」な状況はとてもやりづらい。

いつもよりサウンドチェックに時間がかかる。結局全員ピアノを
取り囲むようにくっついて演奏する。
演奏自体はとてもうまくいく。
途中即興部分で、メシアンの鳥のカタログ的なフレーズで誘ってみたけれど、
思ったほど鳥たちの参加は得られなかった。

演奏のあと、ゲストを招いてパリ全体が見渡せるビルの屋上で
レセプション・パーティをもつ。
ポンピドゥ・センターのカトリーヌに会う。

翌日パリを出てロンドンに向かい、6日間ほど休養。
休日のはずなのに、丸1日取材と半日のTV撮影が入る。
BBCラジオだ、Channel Oneだとか、疲れるよ。:<

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7/2/96
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昨日の本番はすごかった。
Bologna、Roskildeを上回るものだった(と思う)。

やはりあの空間(パルテノン神殿の真下、ローマ時代の円形劇場、
全て大理石でできている。音響効果がものすごくよい)から喚起される
ところが大きい。
べつに「地霊」とか言うつもりはないけれど。
あそこだったら、聴衆がいなくても気分よく
ずっと弾いていられるだろう。

しかし聴衆の質もよかった。
3千人の水をうったような静けさは、それだけで
なかなか音楽してた。
反応のポイントもなかなかよかった。

昨日はぼくだけの即興で始めた。
そこからジャックも加わり、即興が終わってすぐ
「美貌」にいった。

あのような空間に「リトル・ブッダ」とかが似合うこと!

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ヨーロッパ初日のBolognaはすごかったです。
最後は人が舞台前までおしかけてきて、Woodstockみたいに
なりました。
が、その後のNapoli、Romaは野外でしかも寒く、あまり
ノッてなかった。
特にRomaでは、現地のピアノがひどく、指を傷めてしまいました。
その後のRoskilde(DenmarkのCopenhagenから車で1時間)は、またまた
野外と聞いて嫌だなー、と思っていたんですが、
意外に最高でした。
そこは広大な野原にキャンプ上があり、テント小屋のステージが
7つもあり、9万人のヒッピーのような老若男女がうろうろ
している所でした。
ぼくがやった「ホワイト・ステージ」は若い人中心に人で埋まりました。
みんな鼻とか耳とか口にピアスしているような、いまどきのヒッピー
(そんなものがいるのかどうか、定かではないが、少なくとも
かっこうだけは)たちがいっぱい。
演奏は短かったけれど、ものすごいRock'n Rollのものでした。

ピアスの子たちが、「シーッ」といって聴いてる図はなかなかの
ものでした。

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