"I am walking"
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2001 02 07
english

湿潤な森の道を歩く
道があるわけではない
かすかながら、前に誰かが歩いたであろう跡を行く
それは人間ではなかったかもしれない
かがんで、「それ」の匂いを嗅ごうとする
森の道は、非線型的に変化する
一つとして直線はない
直線に慣れた目は、森の多様な形態をなかなか認識できない

森のあらゆるニッチに、様々な生物がいる
ぼくが踏みしめる歩みの下に、何億という生物がいる
さまざまな高さの樹がある
それらは少しでも、エネルギーを効率よく代謝しようと、様々な戦略をはりめぐらす
こうした生活が何億年と続いていく

静寂が森を満たしている
自然は静かだ
自然は静かだということを、ぼくたちは知らない
特に昼間が静かだ
生物たちは、生きる戦略のために、夜行動する
夜は、それらのエネルギーで賑わう

森の中の温度は、一歩一歩変化する
温度こそ非線型的だ
単純を好むわれわれの脳では、その変化の奥にある原理を捉えられない
人間の知性は、まだ幼稚なのだ
多様なものを還元してしまう
狼の群れと、一匹の狼は異なるものだ
分子の塊の行動と、一つ分子のふるまいは異なるのだ
我々は20世紀の後半になって、やっとそれがおぼろげながら分かってきた
宇宙は天動説でも地動説でもなく、またそのどちらでもある

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© 2001 Ryuichi Sakamoto